グリーンリボンキャンペーンとは…

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Interview 411/7 UPDATE

カリスマカンタロー

カリスマカンタローさん...1979年長崎県生まれ。明治大学在学中にダンス仲間と共に起業。ストリートダンスを中心としたイベントの企画・運営、企業とのコラボ事業などを手掛け、プロデューサーとしても多方面で活躍中のダンス界の"カリスマ"。

毎年1万人以上のダンスフリークを両国国技館に動員し、海外でダンスバトル大会を開催するなど、独自の視点でグローバルに活躍するカリスマカンタローさん。ダンスへの想いや、臓器提供の意思表示についてお話をお伺いしました。

カンタローさんがダンスを始めたきっかけを教えてください

母親がダンサーでして、ダンスで生計を立てて僕たちを育ててくれたんです。
幼い頃から、マイケル・ジャクソンなどのダンスミュージックが家で流れているような環境だったので、小学生のときにはもう「将来はダンサーになる!」と決めていました。一時期サッカーに夢中になったこともありましたが、ダンス熱はずっと持ち続けていましたね。

学生時代に今の会社を起業されたカンタローさんですが、
「ダンスをビジネスにする」という発想はどこから生まれたんですか?

当時はいまと違って、ダンサーとして食べていける人は極わずかでした。バックダンサーになれば話は別ですが、僕としては「自分が表に出たい、自分たちのダンスがどうすれば目立つか」ということが大事でしたから。でも道がなかったので、その道を作ろうかな、と思って起業したのがきっかけです。
まず、自分のダンスチームが日本一になるにはどうしたらいいか、を考えました。そのためには日本一のイベントをやって、そこのオープニングで僕たちが踊れば日本一になれるな、と。その発想から、練習着などのアパレルラインの製作・販売をスタートし、コツコツと資金を集めてイベントを開催するうちに、徐々に会場の規模も大きくなっていきました。収支がとてつもなくマイナスになったときもありましたが、その度に何かしら一発逆転のチャンスに助けられ、なんとか10年やってこれましたね。

カンタローさんにとって、ダンサーの魅力はどこにありますか?

「ダンスで世界をつなぐ、ダンサーが世界を変える」これが僕の会社の企業理念です。
ダンサーという存在は、全員が自分自身をプロデュースできる能力を持っていると思うんです。なぜなら、ダンスを踊るには0から1を生みだすクリエイティブな能力が必要だから。今の人たちは、これをやれって目の前で言われればできるんだけど、自分から生み出すことって苦手だったりしますよね。でも、ダンサーはそういうことが自然とできる集団だったりするんです。だから、世界の中心にダンサーがもっといれば面白いだろうなと考えることもありますよ(笑)。

「ダンサーが世界をつなぎ、世界を変える」、とても大胆な構想ですね!

ダンスは言葉が要らず、踊ることでコミュニケーションがとれる"最強のツール"だと僕は思うんですよね。とくに海外に行くとわかりやすいんですが、ダンサー同士は会話ができなくてもすぐにお互いが通じ合えるんです。
また、ダンスをやっていると相手へのリスペクトが必ずそこにある。普通の人は、利益やメリットをまず考えるかもしれませんが、ダンサー同士はコミュニティの同じ仲間という意識が強くあるので、その部分は他と大きく違うのかもしれませんね。

海外と比べると、日本人は自分の意思を表示することや
コミュニケーションが下手だと言われていますが...

海外のダンサーは、自分っていうのはこうなんだという自己主張をちゃんと出しますね。日本人は、僕も含めてなんですがやはりみんなに嫌われたくないという気持ちが先にきてしまって曖昧な答えをしてしまう。でも逆にそこが日本人の良さでもあるのかなと。奥ゆかしさとか、趣深さとかそういうものは日本の文化ですからね。僕は日本が大好きなので、それをよしとしながら、自分を表現していくことが大切だと思っています。

では、グリーンリボンキャンペーンについてお伺いします。
この活動については、ご存知でしたか?

臓器提供意思表示カードは20歳の頃に持っていました。たしか当時アルバイト先の仲間が持っていて、それがきっかけでみんなが持ち始めたんです。臓器提供の意思表示欄はその頃から YES です。当時それについて家族とも話した記憶がありますが、現在も考えは変わっていません。僕がこの世からいなくなったことをたとえ周りの人が悲しんでも、僕という存在がなくなるわけではないので。それに、その中の臓器がなくなったからといって悲しむわけではないと思いますから。それで誰かのいのちに繋がるなら「俺のイケてる細胞をくれてやるぜ!」なんて思いますね(笑)。

最後に、グリーンリボンキャンペーンについてメッセージをお願いします

生活していく上で、人はひとりで生きているわけではなく、絶対に誰かにお世話になっていると思うんです。なので、自分がこの世にいなくなった後にその身体が活きる道を考えたら、おのずと答えは出てくるのではないでしょうか。
僕にとっては、助けを求めている人に自分の臓器を使ってもらって、それで喜んでもらえるのならハッピーだなと思っています。